『鬼平犯科帳』をちょっとだけ観た
クーです。
最近ユキが中断していた『鬼平犯科帳』をまた読み出した。
それを見て負けじと私も読み返す。
何度読み返しても面白い。
面白いのだけれど他のも読みたいなとつい思う。
『剣客商売』と『藤枝梅安』は何冊か読んでみたものの、どうも性に合わなかった。
池波正太郎作品の中で最初に『鬼平』に手を出してしまった事を私は少し後悔している。
『鬼平』がガッチリ合い過ぎて他の時代小説や池波作品へなかなか気が向かない。
なので今は『真田太平記』と『火の国の城』を買うか否かとても迷っている。
そんな中、ネットで池波作品を検索していてTVドラマの鬼平を観たことがない事にふと気がついた。
そうしたら
「忠吾って、粂八って、伊三次って・・・あぁみんなどんな人が演じているのかしら」
と気になって気になってどうしようもなくなり、わーっと勢いでDVDを4本借りて来てしまった(中村吉右衛門が平蔵なのは知っていた)。
まだ鬼平の4巻辺りをじっくり読んでいるユキに
「あれ?『唖の十蔵』からじゃないや。ユキは見ちゃダメだねぇ」
などと言い渡したものの(私が鬼か)、結局ユキも本を置いて何話か観ることに。
のっけから「ジャジャーン!」みたいなオープニングに驚いてしまい、
「うへぇ、やっぱり止めとけば良かったかな・・・時代劇ってやっぱり馬に乗って走らにゃいかんのかい」
と苦笑したものの、せっかく借りてきたのだからと意地になって観た。
観たんだけれども・・・。
「おおぉ」とニヤっと出来たのは平蔵と忠吾と酒井くらい。
江守徹の左馬之助が出てきたときは何だか2人してぷっと笑ってしまった。
(私はもっと背が高くひょろっとしたイメージ、ユキはやはり背が高いがガッチリして大男のイメージらしい)
伊三次は「明神の次郎吉」(だったかな)あたりでやっとそれっぽくなって来たけど、最初は落ち着き過ぎていて誰だか分らなかった。
それに伊三次はもっと若いイメージだったなぁ。
がっかりしたのは「おまさ」。
そりゃ役者に化粧するなってのは無理だろうけど、「化粧っ気がなく、浅ぐろい健康的な三十過ぎの女性」という若々しいメージは無残に砕かれた。
一刻も早く原作を読んでこのTVドラマのイメージを忘れたい。
決定的だったのは「久栄」。
イメージがどうこう以前に
「久栄はこんな女じゃないやいっ」
とTVの前で1人ぶーたれてしまった。
でしゃばり過ぎ。
妙に可愛らしい女を演出しすぎ。
ここで久栄を出したら、こんな台詞言わせたら台無しじゃないの、と思う場面もしばしば。
私の中で久栄は、女らしさや優しさを持ち合わせつつも、
「女は男しだいにござります」
「近藤勘四朗など、あなたさまにくらべれば、塵あくたも同然」
とか
「もっとおやりなされませ。息の根が絶えてもかまいませぬ」
など、バサリと言い切ってしまうような「さすが平蔵の奥方様」と思える素敵な女性だったのに。
私の好きな沢田小平次(というか誰が誰だか分からなかった)がちっとも活躍しないし、粂八は出てくるの遅いし。
それに色々と事情があるのだろうけど、話の内容や設定が変わってしまっていたのも残念だった(特に「蛇の眼」)。
とにかくもっと殺伐としていて欲しかったなぁと思う。
だからこそ忠吾とか、他のちょっとした笑ってしまうような場面が本当に面白くて和むのに。
そんな訳でTVシリーズは五郎蔵が出てくる前にギブアップ。
どうも私にとって『鬼平』は映像を自分でチラつかせながら読む方が性に合っている小説のようだ。
でもエンディングの映像とジプシーキングスの「インスピレーション」はとっても良かった。
オープニングで裏切られた「『鬼平』はこうあって欲しい」との期待がそのまま形になっているようで嬉しかった。
まさしくこのイメージだ、とそこだけ見入ってしまうくらい好きだ。
「この曲を聴きながら原作を読むと最高だ」
というのがユキと私の異議なしの感想でした。
DVDの勢いもあってか、池波正太郎は『男の作法』をちょろっと読んだ事があるくらいだなぁという父と
「『鬼平犯科帳』がすごく面白くてね、あれ読んでるとすごく蕎麦を食べたくなるんだよねぇ」
なんていう話を電話のついでにしてみたら
「なんだかオジサンみたいだなぁ、お前。あはは」
と笑われ、ものすごく落ち込んで受話器を置いた私。
オジサンにオジサンみたいって言われたくないわ。
なんだかくさくさするな。
あぁもう、蕎麦を食いに行くぞ、蕎麦。
いいさ、オジサンでもかまわない。
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